尾去沢今昔 その2「城山住宅と春木沢にある謎の沼」[秋田県鹿角市尾去沢・8/21]

平成26年8月21日。

尾去沢の水晶山住宅から、尾去沢保育園へ移動した時、
薄着で行動していた事が崇り、虻から脚を刺されてしまった。
で、一旦実家へ帰り、薬を塗り、改めて母親を拉致して尾去沢を放浪。
さっきは水晶山から下タ町を経由し尾去沢保育園へ向かったが、
今度は水晶山から城山方面へ向かってみた。

城山住宅
s-IMGP6902

以前は「城山住宅」と呼んでいたと思ったのだが、それはあくまでも通称だったのかも知れない。
雇用促進住宅 尾去沢宿舎というらしい。
s-IMGP6903


向かいには城山球場
正式には鹿角市立城山野球場という。
s-IMGP6904

鹿角市の小学校や中学校の総体の試合はここでする事が多かった。
ちなみにスコアボードの向こう側に見える、アンテナが立った山が水晶山。
スキー場のある山だ。
s-IMGP6905


城山から市街地、春木沢、瓜畑などといった集落がある側へと下ってくる。
s-IMGP6907

今ではもはや道なのかどうかすら判断しがたい状態になっているが、
この道を進んでいくと、元々春木沢の集落があった場所に出るらしい。
ここについては母親でさえ深く知らなかったし、僕はもちろん足を踏み入れた事もない。
ただ中学校の頃、「この先には失われた集落があり、朽ちた神社がひっそりと佇んでいる」という
都市伝説まがいの噂を耳にした事はあったのだが、それは実在の話だったようだ。
s-IMGP6908

城山から市街地に行く途中にある沼。
昔からここは「底なし沼だ」と子どもたちから恐れられていた場所だ。
s-IMGP6909

後でまた詳しく触れる予定だが、
尾去沢では昭和11年11月20日午前4時25分頃、及び翌月12月22日未明、
これより上流にある中沢鉱滓ダムが2度に渡り決壊し、
死者374名という未曽有の大災害が発生したのであるが、
どうやらその時の水が溜まってできた沼であると、昔読んだ文献で知った。
s-IMGP6910

ひょっとしたらその時行方不明になっている人の遺体がまだこの底に沈んでいたりして、
なんて、いつもここを通る度に思うのである。
s-IMGP6911
PENTAX K-5 + TAMRON AF 18-200mm f/3.5-6.3[IF] MACRO ASPHERICAL LD XR DiII

今回巡った場所はこちら。
文字を赤い枠で囲んである箇所だ。
現在の地名(通称・略称含む)を記してある。
おおよそこの辺であろうという場所に記してあるだけだから、正確ではないかも知れない。
尚、このマップの出所に就いては後述する。
元々1,600万pxもある画像だから、
もし文字が小さくて読みづらい場合は
どうにかして元画像を開いて頂ければ細かい文字まで読めるくらいのサイズに拡大できるはずだ。
どうやればいいかは各々が用いているブラウザに準拠するので、各自挑戦してみて下さい。(丸投げ)
s-尾去沢今昔マップ_01_城山_春木沢の沼


その3へつづく





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tag : 秋田 鹿角 尾去沢 今昔 鉱山

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はじめまして。
尾去沢で検索していたらここにたどり着きました。
私は静岡に住んでおり、3歳までしか尾去沢にいたことがありません。
ただ、小学校2~5年の頃は夏休みをすべて祖父母のいる尾去沢で過ごしておりました。
昭和52年くらいですね。
父方の祖父母は新堀市営住宅、母方は「春木沢鉱山住宅」(その当時はまだありました)でした。
ですので、このページでは立ち入れない、春木沢の池横から上って鉱山住宅街に行ったことがあります。
夜は街灯がほとんどなく、かなり不気味だったのを思い出します。
記憶では、一番下に共同浴場がありました。
新堀の共同浴場も、閉鎖される前のお風呂でなく、建て替え前のお風呂で、風呂屋のわきから
市街地の合流点まで、市が立っていたのも思い出します。
まだ当家のお墓は円通寺にありますが、残念ながら今月静岡へ引き揚げてしまう予定です。
うちの両親はともに尾去沢小、尾去沢中ですので、ここのページの昭和30年代を見せれば
きっと懐かしむことでしょう。(話をしていると、よろけ坂が出てきます。)
ありがとうございました。

ピカードさまへ

ピカードさま
こんにちは。
拙ブログにお越し下さり、またコメントありがとうございます。
小生、閉山直後の昭和54年生まれであり、
隆盛を極めていた尾去沢を知りません。
よって尾去沢生まれの母親くらいしか往時を知る者がおらず、
それ以外の方の証言は非常に貴重で興味深いものです。
僕が小学生の時分は、春木沢は、もはや「伝説」のような存在と化していました。
今でも行こうと思えば行けるのでしょうが、なかなか勇気が出ません。
春先、または晩秋の、藪が茂っていない季節に、
いつかはチャレンジしたいとは思っているのですが。
実際に行った事があると聞き、羨ましく思います。
歴史は語り継ぐ人がいなければ消えてしまうものと思っております。
僕も母親が生きているうちに、少しでも尾去沢の事を知り、
記しておきたく思います。
拙ブログで宜しければ、ぜひご両親に見ていただいいて
当時の事を思い出して頂ければ幸いです。
また何かありましたら是非ご教授下さい。
ありがとうございました。

> はじめまして。
> 尾去沢で検索していたらここにたどり着きました。
> 私は静岡に住んでおり、3歳までしか尾去沢にいたことがありません。
> ただ、小学校2~5年の頃は夏休みをすべて祖父母のいる尾去沢で過ごしておりました。
> 昭和52年くらいですね。
> 父方の祖父母は新堀市営住宅、母方は「春木沢鉱山住宅」(その当時はまだありました)でした。
> ですので、このページでは立ち入れない、春木沢の池横から上って鉱山住宅街に行ったことがあります。
> 夜は街灯がほとんどなく、かなり不気味だったのを思い出します。
> 記憶では、一番下に共同浴場がありました。
> 新堀の共同浴場も、閉鎖される前のお風呂でなく、建て替え前のお風呂で、風呂屋のわきから
> 市街地の合流点まで、市が立っていたのも思い出します。
> まだ当家のお墓は円通寺にありますが、残念ながら今月静岡へ引き揚げてしまう予定です。
> うちの両親はともに尾去沢小、尾去沢中ですので、ここのページの昭和30年代を見せれば
> きっと懐かしむことでしょう。(話をしていると、よろけ坂が出てきます。)
> ありがとうございました。
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