堂の前遺跡[山形県酒田市・2014/11/19]

平成26年11月19日

山形酒田市の堂の前遺跡
s-DSC_5691

国指定史跡である。
が、広大な田んぼの中の空き地に、遺跡を示す看板がポツンとあるだけで、他には何もない。
ここへの案内もどこにもない。
s-DSC_5692

国指定史跡 堂の前遺跡
 堂の前遺跡は、本遺跡の当方台地上の市指定史跡八森遺跡や西方
国指定史跡城輪柵跡と関連する平安時代の遺跡です。昭和30年、
暗渠敷設工事の際、水田下約1mから肘木や斗などの建築部材が発
見されて知られるようになりました。昭和48年から8次にわた
る発掘調査が行われ、特色ある建築部材をはじめ、平安時代の遺構と
遺物が検出されたことから、国の史跡に指定されました。
 遺跡の四周には溝がめぐり、東西240m、南北265mを測り
ます。また、その南方に幅10~20mの大溝も検出されています。
 四周南辺の中央に門があり、その北側からは掘立柱建物跡や礎石
建物跡、井戸、矢板列、溝、土坑などが発見されました。
 掘立柱建物跡の柱には、30~54cmの太い丸柱も多くあり、
大形の建物があったことを示しています。遺跡の中央部からは、約
12m四方に長押(なげし)や肘木、斗などの建築部材を敷き詰めた筏地業(いかだぢぎょう)に
よる方形建物の基壇が検出されました。
 出土した品々のには、須恵器や土師器、赤焼土器、陶磁器などの他、
呪術用の木簡、石帯、鉄滓、鞴(ふいご)の羽口などがあります。
 堂の前遺跡は、遺構の配置状況や基壇の筏地業に用いられた建築
部材の特徴、特に方形の基壇から塔建築の存在が想定さえること、
また、門は八脚門で、その位置関係から南門と中門と考えられるこ
となどから、平安時代の出羽国分寺跡と推定する説もあります。
 遺跡所在地 山形酒田市法連寺字堂の前
 遺跡総面積 62,400㎡
 指定年月日 昭和54年10月23日(文部省告示第161号)
 指定地面積 4,200㎡
  平成20年8月 酒田市教育委員会


なんとこの場所に出羽国分寺が立っていたというのだ。
あくまでも推定ではあるが、そう考えるとすごい事だ。
ただ、周辺の環境を考えると、国分寺があったとしても不思議ではない。
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この辺りには遺跡が多く存在するし、
政庁跡とされる城輪柵や、
出羽国二宮である、旧縣社・城輪神社が鎮座する事から、
平安時代は相当繁栄していた場所なのだと思う。
s-DSC_5697

この近辺の地名を見ても、
城輪」「政所」「本楯」など、政治の拠点や城があったであろう事を推測させるような名称が多く存在する。
城輪」「政所」などはズバリだし、「楯」は「館」であるから、かつて城があった場所に付けられがちな漢字だ。
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また「城輪神社」なども、現在では小さな村の神社といった佇まいではあるが、
「出羽国二の宮」である事、「旧社格が縣社であった事」を鑑みると、
かつては政庁や城に付随した大神社であったのだろうと、古に思いを巡らす。
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Nikon D80 + Nikon DX AF-S NIKKOR 18-135mm 1:3.5-5.6G ED

山形酒田市法連寺字堂の前

※案内も駐車場も何もない、田んぼの真ん中にある遺跡です。
遺跡を示す看板が田んぼの中に建っているので、車を停めたらそれを目指して歩いてみて下さい。






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tag : 山形 酒田 庄内 遺跡 史跡 平安時代 国指定 城輪

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Author:zunsanzunsan
秋田県出身、山形県庄内地方在住のzunsanことK.Junです。
神社が好きで、しょっちゅう神社の写真を撮りに行っています。
使っているカメラは主にPENTAX K-5。
他にFUJIFILM XF1、LUMIX GF2、Canon G11、PENTAX K-m、RICOH CX3を使っています。

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