下日枝神社境内の大川周明博士顕彰碑[山形県酒田市日吉町・2015/3/9]

平成27年3月9日

酒田市に鎮座する下日枝神社
大きく二つの入口があるが、その内の日和山公園側の鳥居。
山王鳥居を抜けるとすぐ、大きな随神門がそびえるが、
その山王鳥居と随神門の間のスペース右側に大きな石碑がある。
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大川周明博士顕彰碑である。
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アジア植民地解放の父
                          大川周明の略歴
 明治十九年酒田西荒瀬村藤塚に生まれた。荘内中学時代
角田俊次の家塾に起居『南州翁遺訓』に影響を受け、また
横井小楠の卓抜なる見識に傾倒した。熊本五校、東京帝大
インド哲学科に学んだ。ふとした縁でヘンリー・コットン
の『新インド』を読んで、イギリス植民地下のインドの悲
惨を知り、植民地政策の研究へと人生の転換を志した。昭
和四年時の満鉄総裁山本条太郎を説いて、満鉄から調査局
を分離し東亜経済調査局を主宰、理事長となり、アジア、
アフリカの政治経済、社会、文化の調査研究の指導に当り、
また盟友北一輝と共に「猶存社」を創立。更に「行地社」
「神武会」を主宰、五・一五事件に連座、獄中で普及の名
著『近世欧羅巴植民史』を著した。
 昭和十三年四月、東亜経済調査局附属研究所を設立主宰。
日支間の和平、アジア問題に献身し、大東亜戦争では東條
に極力開戦阻止を進言したが果さず、戦後A級戦犯容疑者
に指名されたが、昭和二十三年暮、不起訴で釈放された。
日本は敗戦したが、アジア、アフリカ諸国は独立し、大川
の植民地解放の夢は実現した。
 大川著『回教概論』はイスラム研究の最高水準をいって
いる。晩年『古蘭(コーラン)』の翻訳に没頭し、昭和二十五年に岩崎
書店より刊行している。昭和三十二年十二月二十四日神奈
川県中津に於て逝去。七十一歳
                           大川周明顕彰会

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哀輓三章
識見文章 共に絶倫
多年興亜経綸を展ぶ
痩軀六尺 英雄漢
睥睨す 東西今古の人

危言 厄に遭うも道何ぞ窮せん
幾度か身を投ず 囹圄の中
筆は秋霜を挟み 心は烈日
果然頽世 清風を起す

立言何ぞ遜らん 立朝の勲
時 艱難に際して嗟す
君を喪うを
渺々たる魂兮 招けとも返らず
哀歌空しく対す 暮天の雲
               哀輓
大川博士周明君 土屋久泰

昭和三十三年二月十五日、東京青山斎場に
於て行われた葬儀の日、霊前に捧げられた
弔詞。
土屋竹雨久泰先生は、明治二十年鶴岡に生
れ、荘内中学校・第二高等学校・東京帝国
大学に学ぶ。漢詩は当代第一。書家として
亦一家をなす。長年大東文化大学々長とし
て東洋文化の振興に寄与す。
昭和三十三年十一月、七十一歳にて逝去。

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これが顕彰碑に刻まれている漢詩である。

裏面

題額 酒井忠明
大川周明顕彰会
大川周明博士生誕百年祭実行委員会
昭和六十一年十月吉日

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Canon PowerShot G11




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Author:zunsanzunsan
秋田県出身、山形県庄内地方在住のzunsanことK.Junです。
神社が好きで、しょっちゅう神社の写真を撮りに行っています。
使っているカメラは主にPENTAX K-3。
他にCanon G7X、PENTAX K-5、LUMIX GF2、Canon G11、PENTAX K-m、RICOH CX3を使っています。

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